口が果たす役割には、日々の食事や呼吸といった生態的な機能に限らず、会話や笑顔のような精神を高揚させる働きも含まれる。もし、適切な口腔(こうくう)ケアを専門家の手で継続的におこなったとしたら、人生はどう変わっていくのだろう。この問いに対し、かかりつけ歯科医を持つ患者群とそうでないグループを追跡調査した、興味深い研究結果が発表された。研究者のひとりである星先生に、直接、解説していただこう。

この記事の監修者

名前 星 旦二 Tanji Hoshi
プロフィール

首都大学東京名誉教授
福島県出身。福島県立医科大学卒業後、東京大学にて医学博士号を取得。その後、元・厚生省勤務や大学講師職などを経て現職へ。専門は公衆衛生学、健康政策学、予防医学。「生涯現役」を標榜に、社会経済要因が生きがいや健康寿命とどう関わるかを研究。近著として、高齢者の健康維持要因追跡をまとめた『なぜ、「かかりつけ歯科医」のいる人は長寿なのか?』(ワニブックス【PLUS】新書)を記す。

かかりつけ歯科医のいる人は長生き⁉ ~データで見る「かかりつけ歯科医と長寿」の関係~

歯科医師に求められる役割は、 「病気を治す」から「病気を防ぐ」へ

―ー「かかりつけ歯科医」とは、どのような医師のことを指すのですか?


日常的なケアを通じて、来院者の生活の質(QOL)をよりよいものにするプロフェッショナルだと考えています。従来の医師は主に、「患者さんへの治療」をおこなってきました。しかしこれからは、「一般の方への情報提供」が重要視されるでしょう。

この情報提供には、セルフケアの指導や生活習慣のアドバイスも含まれます。前者はむし歯や歯周病を予防するためのブラッシングなど。後者は栄養バランスのよい食生活やストレスの解消法などです。楽しい会話をしていると、自然に笑顔が生まれますよね。実はこのとき、口の動きにより唾液の分泌が促され、免疫力を向上させているのです。

したがいまして、かかりつけ歯科医に求められる職能をまとめると、「医師による治療」と「皆さんによる予防の促進」という二軸になります。「か強診」は、この環境を定着させるための制度といえるでしょう。

かかりつけ歯科医を持つ人ほど、累積生存率が高い

―ーかかりつけ医と寿命の関係について、実地調査をおこなわれたと伺いましたが


「都市部に住む65歳以上の在宅高齢者」約1万6千人を対象に、01年から継続的なヒアリング調査をおこないました。まず注目したいのが、かかりつけ歯科医のいる方といない方の累積生存率における差異です。

調査開始時から6年後の調査によると、かかりつけ歯科医のいる男性が83.4%の割合で存命されているのに対し、いない方は79.3%。女性の場合はさらに顕著で、いる方が91.0%、いない方が79.7%という結果になりました。

ほか、経年による「要介護認定割合」の推移や、トイレ・買い物といった「生活自立度」なども追跡調査しています。そして、いずれのケースにおいても、かかりつけ歯科医を持っている方のほうが「好ましい数値」を示していたのです。これらの事実から、「かかりつけ歯科医のいる方ほど長寿である」ことが統計学的に示されたと考えています。

自信が生活の質を変え、生活の質が寿命を延ばす

――すでに「かかりつけ医」を活用する動きが見て取れますが、その背景とは?

国が00年からはじめた「21世紀における国民健康づくり運動」にあるでしょう。自立した生活を送ることができる「健康寿命」と一般的な「寿命」の間には、約10年の開きがあるとれています。このギャップを埋めるため、国は、生活習慣の改善を目的とした9項目を定めました。その中のひとつに「歯の健康」が掲げられたのです。

おいしい食事や楽しい会話を「豊かな人生の基礎」と位置づけ、歯と健康的な生活の関係を見直そうとしたこの動きは、画期的な発想といえるでしょう。我々の調査でも、かかりつけ医を持つ人ほど「お出かけ好き」という結果が出ています。「自分が健康だ」と感じていると、生活の質が高まるのです。その結果が、累積生存率や要介護認定割合の数値に表れているのではないでしょうか。

また、お口のケアを導入として全身の疾患に注意が払えることも、健康維持の大きな要因と考えられます。

医師を選ぶことは、自分の生活スタイルを選ぶこと

――最後に、読者へ向けたアドバイスをお願いします

健康づくりは「歯科医院の中ではなく家庭でおこなうもの。医師任せでは不十分」ということを知っていただきたいですね。99%を日々への暮らしで築き上げ、その中に1%のプロフェッショなケアが入る。これから求められるのは、そのような取り組み姿勢ではないでしょうか。

そして、「たった1%」を有効活用するためにも、患者さんご自身から情報発信をしてみてください。食事の好みやブラッシングの疑問などを、積極的に投げかけていくといいでしょう。予防への取り組みは、医師との「協働作業」なのです。

質問の内容には、生活習慣病のような全身のお悩みも含まれます。歯周病による出血がきっかけで傷口から細菌が入り、全身疾患をもたらすケースも多いのですから。ぜひ「か強診」制度をきっかけとしてかかりつけ医と良好な関係を結び、人生の質を高めてみてはいかがでしょうか。